大塚アパート(仮名)の各部屋のトビラは薄い木でできた引き戸で、鍵はトイレの鍵のような、くるっと回してカチッと閉める簡単なものだった。誰もいない時間に人が入って来てトビラを叩き壊してモノを盗もうと思えばいくらでも出来た。だから管理人が必要だったとも言えるのですが、わたしが泥棒だったらいくらなんでももう少し金目のモノがありそうなアパートを選んだと思う。手ぶらだとひったくりに会わないのに似ている。住人達の部屋は3畳しかなくて、トビラをあけて3歩で部屋の一番奥のガラス窓まで行くことが出来た。部屋には例外なく中央にちゃぶ台があって、窓際にTVがあって、布団を畳んでいれる場所はないので必然的に敷きっぱなしであった。管理人室はその3倍くらいの大きさだったが、トビラは同じ薄さだった。管理人室のトビラの横にはピンク電話があって、かかってくる電話はすべて住人達の会社(警備会社)か、消費者金融の方からの電話で、消費者金融からの電話はすべてスミヨシさん(仮名)あてであった。「スミヨシさん(仮名)いますか?」と意外にやさしい声でそのひとは言った。スミヨシさん(仮名)を部屋に呼びに行くと、彼は意外なほど高い確率で電話に出た。「はい、はい、はい」とスミヨシさん(仮名)は素直に返事をして、電話はまた何日かするとかかってくるのであった。ピンク電話なんか置かなければいいのに、と思ったが住人の携帯電話番号は絶対秘密なのだった。
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