デパ地下のハム屋では惣菜も売っていた。惣菜には大きく分けて、「揚げ物」と「サラダ」があった。どちらもカチンカチンに冷凍された状態でトラックから下ろされ、バックヤードの冷凍庫に運び込まれる。冷凍庫は4畳半の部屋を縦にふたつ並べたくらいのサイズの部屋で、常に零下10℃くらいに保たれていた。壁にも棚にもツララが下がり、暑い夏の日でも2~3分入っているだけで身体が芯から冷える。ドアの内側には丈夫な棒が付いていて、閉じ込められてもその棒を押せばロックが外れて外に出られるようになっていた。生命維持装置である。この冷凍庫にヒトが入っているときに、①ドアをバタンと閉める、②中のヒトが入口の方を振り返る(たぶん)、③冷凍室の照明を消す、という楽しいイタズラを何回もやった。例の棒があると頭で分かっていても、極寒の世界に薄着で閉じ込められると結構どきどきした。今日の渡辺家のお食事は「そうめんサラダ」であった。これにポン酢をかけて食べる。大変おいしい。これにもめん豆腐と青紫蘇を添えても大変合う。
デパ地下デビューはハム売り場であった。ゴーストライターも若かったが、日本も若かった。ゴーストライターがハム屋の店頭でトンクを武器にハムをグラム売りしていたある日、日本に消費税が導入された。消費税は3%という異常に計算のやりにくい値で、でも毎日何百人というお客さんにハムを売っていたぼくらはあっという間に消費税の暗算が出来るようになった。しかし消費税導入の最大のハードルはもちろん店員の計算能力ではなかった。日本に消費税が導入される朝、デパート食品売り場のフロアマネージャーは従業員を集めて「今日あなたがたは、お客様に『にいちゃん消費税まけてえな』といわれることでしょう。でも一銭たりともまけてはいけません」と言った。ゴーストライターにはフロアマネージャーの言葉が痛いほどよく分かった。一度おまけすると、永遠に消費税を取ることはできない。大阪とはそういう街であった。写真はきのうのユスラウメの実が入ったヨーグルト。
ベランダのユスラウメが実をつけた。びっくりするくらい愛想のない棒きれだったのに、半年で立派な植木になった。枝がたくさんあるのに、果実がわざわざ幹に直接くっついている。実は全部でふたつしか出来なかったので、ずいぶん効率の良くないかんじですが、ベランダに赤い実がなっているのを見るのは楽しい。ゴーストライターはデパ地下の野菜売り場でアルバイトをしたことがあって、バックヤードで箱詰めのフルーツを個別パックしたりしていた。箱詰めで入荷されてきたフルーツには、残念ながら捨てるところがとても多い。野菜はともかく、傷ついたり黒ずんだりして見た目が良くないフルーツは買ってもらえない。でもそういう「捨てるところ」はまったく味に遜色なく、ゴーストライターが腹一杯つまみぐいすることになった。バナナやスイカやメロンはあまり捨てないのであまり食べなかったけれどもモモやリンゴやアメリカンチェリーは一生分くらい食べた。モモなんか箱を開けると3、4個に1個はキズがついていて店に出せないので、ちぎっては投げるように食べた。リンゴも値段が高くて美味しいやつの一番おいしいところだけをがつがつ食べた。アメリカンチェリーはキズモノ率が低かったけれども、まあつまみ食いにちょうどいいサイズだったので強烈に大量に食べた。ごく最近まで-それから10年強-、モモやリンゴやさくらんぼは、どんなに腹が減っていても食べる気がしなかった。
きょうはお休み。
ゴーストライターが現在勤務しているのはぜんぜん大きくないけれども、なぜかやたらインターナショナルな会社である。上海はいろんな国のスタッフが集まる研修に出席するのが目的だったので、夕食はこんな感じになる。時計回りにベトナム、英国、インド。みんな料理に驚くところが違う。英国人は「くらげ」が食べ物だと知らなかったし、インド人はニクを見ると「ビーフ?」とかならず訊いた。今回の中国旅行で何軒かレストランに行って気づいたこと=円卓は例外なく時計回りに回す。人間の習性?右利きの人間が多いからか?
四川省では私が渡中する直前に大地震があった。それはそれは大きな悲劇で、服喪期間の19~21日にはyahooチャイナは画面が白黒になり、TVは報道番組を残して放送を自粛した。北京オリンピック聖火リレーは延期され、私の会社の研修に集まった若い外国人たちがタクシーで乗りつけたクラブは休業していた。私の友人の中国人同僚はためらうことなく数千元を被害者救出のために寄付した。中国では人権が軽んじられているのではなく、バランスの中心が西洋と違うところにあるのだと思った。クラブは深夜12時を待ってオープンした。
上海に行ってきました。初めての中国。3日間はお仕事で、それが終わって週末の2日間は上海に住む日本の友人に一緒に遊んでもらった。友人は上海を大変気に入っていて、その土地を愛する人物と一緒に過ごすと海外旅行は本当に楽しい。超近代都市上海には隙間なく高層ビルが立ち並び、市民がリニアモーターカーを利用し、日本車なんかほとんど走っていなくて、すでにカルチャーショックを感じる場所ではない。本当に美味しい中華料理をすごく安く食べて、上海雑技団に感動し、郊外の水郷でゆったりと時間を過ごし、最先端の携帯のスマートさに焦り、コンビニで日本のファッション誌がまだ売っているのを見てちょっと安心したりして、それはそれは濃い日々でした。パンダは見られませんでしたが後悔なし。上海、おすすめです。写真は中華系某航空会社のべジミール。
大塚アパートは風呂なしだったので、風呂屋に行くのは日課だった。風呂屋は400円もした(いまはもっと高いらしい)。2人で30日間で24,000円である。こんなに高いと風呂なしアパートに住む意味がないと思われるが、風呂に「あまり行かなければ」費用は少なくて済むのである。1人で月に10日しか行かなければなんと4,000円しかかからない。今から思えばぼくらの通っていた風呂屋には中国の人が結構たくさんいた。裸だし別にお互い会話をするわけでもないのでそれとはわからないけれども、脱衣所には日本語の雑誌と中国語の新聞が置いてあり、いっしょうけんめい新聞を読んでいる人が時々いた。雨の日も風の日も、ものすごく寒い冬の日も、ぼくらは風呂屋に行ったので、大塚アパートのアラブの大統領に似たおじさんはぼくらが風呂屋に行くのを見かけるたびに「また風呂いくの!?よく行くねえ」と言った。おじさんが週に何回風呂屋に行っているのかはさすがに聞けなかった。写真はおいしい「チリ」。野菜とキドニービーンズとチリパウダーでできている。明日から上海に出張ですので、しばらく「渡辺家のお食事」の連載はお休みです。次回は5月25日予定。
ある日大塚アパート(仮名)の新しい住人が自分の部屋で飲み会を開いた。彼はアパートの先輩たちを招いてビールや発泡酒をふるまった。ゴーストライターもそういうイベントを心から愛しているので参加したかったがアパートにいるタイミングが合わなくて叶わなかった。彼の部屋は、というかどの部屋も、3畳しかなかったので、飲み会は当然、立ち呑みであり、それでも部屋に入れないヒトはろうかにあふれた。飲み会は大抵、宴もたけなわの頃に、アメリカ合衆国と戦争したアラブの元某大統領に似ているおじさんの「なにいってんだこのやろう」という大声を合図に静かになり、みんながぼちぼち部屋に帰って寝た後も、自分の部屋が飲み会場になっている新しい住人は、数時間のあいだ大統領のエジキになるのだった。写真はウニに似ているが、きのうの「渡辺家のお食事」のマンゴー。おいしかった。
大塚アパート(仮名)には、ブラジル移民2世のおじさんも住んでいた。大変心の優しいおじさんで、いつもニコニコしていて、アパートのみんなに好かれていた。渡辺トモコもゴーストライターもそのおじさんのことは大好きだった。彼は年に一度、アメリカン航空に乗ってサンパウロの家族のもとへ帰郷した。日本から強烈な量のおみやげを持って行き、帰りには安い食料品なんかをたくさん買って帰ってきた。僕らやアパートの住民にはなぜか「ネスカフェエクセラ」の大ビンをひとり1本ずつおみやげにくれた。ブラジル製の「ネスカフェエクセラ」は日本の「ネスカフェエクセラ」とほとんど同じ味がした。おじさんは焼き魚が大好きだった。お気に入りの焼き網でアジの開きなんかを丁寧に焼いていつも食べていた。毎月ブラジル銀行の明細が郵便で届いていたから仕送りなんかもしていたに違いないし、それなりに貧乏だったのだろうけど、彼はいつも顔色が良くて、幸せそうだった。台所に行ってブラジルおじさんがいるのを見ると、誰もがちょっとほっとした。写真は渡辺トモコが八百屋で買ってきた激安マンゴー。1個100円。
「ろうかしょうべん」のおじさんからは、
メロンのほかに、沖縄のビデオをもらったことがある。おじさんは「沖縄好きなの?へー。じゃあ、このビデオ見てみて。沖縄のビデオだから」と言ってそのビデオをぼくらに渡した。ぼくらは「ホテル・ハイビスカス」のような映像を想像しながらそのビデオを回した。しかしそこに映っていたのは、公X党の議員の方が笑顔で語るメッセージだった。ひょっとしたら、そのひとの話が終わったら沖縄の美しい風景が入っているのかもしれないと思って見続けたら、そのヒトの次は別の公X党議員のかたのお話だった。お話はどれも彼等の誠実な人柄を物語る素晴らしいものでしたが、結局ビデオには最後まで沖縄の風景は出てることはなかった。
いつだったか上野動物園のパンダを見に行った時に、パンダは期待を裏切らず愛らしくて飽きずに何十分も見ていてしまったのであるが、ぼくらの見ている前でパンダはおもむろに立ち上がり観客の方へ歩いてきて、ぼくらに背を向けてじゃがみこみ、ゆっくりとうんこをした。パンダが定位置に歩いて戻りゆっくり横たわる間も、全観客の目はうんこに注がれていた。パンダは高貴な動物なので、騒いだり文句を言ったりするものは観客の中には一人もいなかった。というより全員がじっとうんこを見つめていながらもうんこのことをしゃべろうとはしなかった。パンダオーラの圧勝である。しかしそのうんこは草食動物のそれではなかった。イヌやネコやヒトのような、雑食動物のものであった。このあまりに不自然な現象を、渡辺トモコは決して見逃さなかった。渡辺トモコによるとパンダの中にはヒトが入っていて、毎日立ったり座ったり寝たり時々愛想を振りまいたりしていたがちょっとずつ退屈してきて、ある日観客の前でうんこをしたらなんだか新しい自分を見つけたような感じがして、だんだん強い刺激を求めるようになってついには前述の行為に至ったらしい。たしかにそうだとすれば全てが矛盾なく説明される。ゴーストライターは来週は上海に出張であり、今はパンダのことで頭の中がいっぱいであるが、上海動物園を訪れる時間がとれるかどうかは調整中である。
大塚アパート(仮名)の共同台所の週1回の掃除はゴーストライターの仕事であった。台所の掃除をしていると、不思議なことにキャベツの芯や魚のアラといった生ゴミがテーブルや食器棚の上に置いてあることがよくあった。住人の誰かがヒトの見ていない時にそっと置いているのかとも思ったけどもちろんそんなことはなくて、子猫くらいの大きさの家ネズミが、シマリスのように両手で生ゴミを抱えて運んでいるのであった。文章にすると愛らしいがでっかい家ネズミが台所にいるのはそれなりにイマワシイ光景で、掃除が終わって布巾を片づけた瞬間に棚のうえにサンマの頭なんかが置いてあるのを見ると全身の力が抜けるのであった。写真はベランダの鉢植え。
ある日家に帰るとメロンがあった。グレープフルーツの大きさのメロンではなく、キャベツくらいのメロンである。日本人がキャベツくらいの大きさのメロンを自宅用に買って食べることはまずない。大きなメロンは
「ろうかしょうべん」をしたおじさんから頂いたものであった。おじさんは律儀にもお詫びのオモイをメロンに託して管理人である僕らにプレゼントしてくれたのであった。冷やしてでっかく切り分けたメロンは、オレンジ色をしていてとてもおいしかった。おじさんは窓から庭に向かってしょうべんをするのが大好きだった。おじさんが夜部屋でお酒を飲んで酔っ払うと、庭に面した窓を開けてしょうべんをした。しょうべんは地面に当たってじょぼじょぼを音を立て、庭を濡らした。窓をあけるとにおいもした。しかし、ろうかしょうべん以降はそれもピッタリなくなったのであった。
写真はみずなパスタ。ニンニクとナメタケが入っている。みずなは火を止めてから入れる。
大塚物語第2部はいきなり大ネタからはじまる。食事中の人は最後まで読まないようにお願いします。大塚アパートの建物はものすごく古くて、いろいろ修繕を繰り返しながらみんな住んでいた。ある日「雨漏りがする」という話があった。こういう事態が発生したら事実関係を明らかにし、原因を突き止め、大家に報告し、業者を呼んで一日も早く修繕するのが管理人の仕事である。雨漏りがする場所は台所(共用)であった。雨漏りの報告を受けて渡辺トモコが台所に行くとXXXXさんが煮込みうどんを作っているところで、そのとき雨漏りがやってきた。雨漏りの水は運悪くフタが開いていた煮込みうどんのナベに入った。しかし不自然なことがふたつあった。ひとつめは雨が降っていないことで、ふたつめは台所の真上が屋根ではないことだった。台所の真上はトイレであった。渡辺トモコは「家を建てる時は台所の真上にトイレを作ってはいけない」と強く思った。天井から降ってきた水は雨水の色ではなかった。2階のトイレから「また水が落ちてるんじゃねえの?」という声が聞こえた。自分の身になにが起こっているかを理解したXXXXさんは、しかし、まったくひるむことなく「味噌煮込みうどんだな」と言い放ったのだった。このネタに合わせる写真はない(まさか煮込みうどんの写真は載せられない)ので、全然関係ありませんが今日散歩の途中で撮ったそのへんのネコの画像をお楽しみください。
ホウレンソウキッシュを頂きました。
続・大塚物語をもうすぐ始めます。
お楽しみに。
大塚アパート(仮名)には、「大塚アパートの良心」ともいうべき、心優しいひとが住んでいて、彼はブラジル人であった。日系ブラジル人移民2世である。2世なので日本語の会話は完璧だが、読み書きはポルトガル語のほうが得意だった。いつどこで会っても上機嫌で、彼のニコニコしていない顔を誰も見たことがなかった。誰にでも平等に優しく、質素で栄養のある料理を少なめに自炊し、早く寝て早く起き、ときどきみんなの嫌がる夜勤のシフトで仕事をした。ポルトガル語やほかのラテン系の言葉では、-Aで終わる名前は女性、-Oで終わる名前は男性である。マリアは女性で、マリオは男である。彼とは別のブラジル日系人に聞いた話では、彼のおじいさんが移民して役所で自分の名前を登録する時に、「カズヤ」という名前がどうしても許してもらえず「カズヨ」と登録されたらしい。日本人が聞くと-一生「カズヨ」として生きていくのは-大変なことであるが、ブラジルにはブラジルの事情があったに違いない。それはともかく、「大塚アパートの良心」おじさんは常にまったくストレスのない晴れ晴れとした顔をしていて、太陽のような存在なのであった。おわり。写真は高原ロッジ近くに住むおじいさんとそのネコとゴーストライター。ネコの形がよい。
大塚物語もいよいよクライマックスである。ここに書ける範囲で最もオモい出来事はもちろんろうかしょうべんのことで、ろうかしょうべんとはもちろんろうかでしょうべんをすることである。渡辺トモコとゴーストライターが部屋にいた時、廊下でじゃぼじゃぼという音がして、ああこれはまさかと思ってトビラを開けてみると果たして廊下ではしょうべんをしているヒトがいるのであった。しょうべんは弧を描いて、アパートの使い込まれていい味になった床板にほとばしり、ヒマツはろうかの奥の闇の中までも飛んでいった。しょうべんは終わるまで止まらないので、「ああ、管理人さん」「こんばんわ」「これ拭いときますから」「お願いしますね」という会話の間、じゃぼじゃぼという音が途切れることはなかった。人間のタブーは「ウチ」と「ソト」の境目にあると言われる。頭に生えている髪の毛はなんともなくて、床に落ちている髪の毛は忌み嫌われ、食事に混じり込んだ髪の毛はもはやタブーである。しょうべんもトイレにあれば騒ぎにはならないのに、ろうかにほとばしるとタブー扱いされるのである。しかしながら渡辺トモコとゴーストライターはそんなタブー満載のアパートを約1年半で出ていくことになるのであった。本文とまったく関係ない写真は、先週訪れた高原ロッジの近くのおじいさんの家と渡辺トモコとおじいさんのネコ。
大塚アパート(仮名)にはときどきヒトが引越していたり、引っ越して行ったりした。住民=警備会社のスタッフなのでヒトが出ていくということはなにかの会社を辞めるということであった。なかには会社にいられなくなって不本意ながらアパートを出ていく人もいた。3畳間の部屋を出るとその次はもうないような気がした。そういうときはそれなりに重苦しい引っ越しであった。住民達は大きくて重いヘンな形の置時計とか、わけのわからないウツワとか、様々なものを大切に持っていた。大切に持っていたけれども、引っ越しの荷物を減らすために、最後の日に名残惜しそうにそれをぼくらにくれるのであった。ある日10年以上住んでいた古株のヒトが出ていった。ヒトが出ていくと、その後を整理するのは管理人である渡辺トモコとゴーストライターの仕事であった。10年間ヒトが暮らした部屋にはくっきりと痕跡が残っていた。彼がいつも座っていた場所のタタミは擦り切れて床板が露出し、壁には10年前の地下鉄路線図が貼ってあった。部屋は何日間窓を開け放ってもものすごい匂いがした。写真はアサツキとこんにゃくの炒め物。おいしい。
ちょっと怒った感じで私を見ていましたが、残らず頂きました。高原ロッジの夕食である。ものすごくゴージャスな夕食である。写真後方で微妙にフォーカスが合っているのは渡辺トモコが食べた。食卓では総勢8人がマンツーマンで8杯を完食した。北海道ではカニの早食い競争があるという話になった。一匹を何分で食べるかではなく、何分でどれだけ食べられるかを戦う。制限時間内に食べたグラム数を競うのである。ということは「カラも食べるひとの勝ち」なのではないか、と思ったら実際本当にそうで、優勝者は血だらけらしい。アメリカ合衆国のホットドッグ早食いが身体に悪そうというのとはレベルが違う感じである。
高原ロッジに2泊3日させて頂いた。スキーゲレンデのリフト横でかけ流し温泉(天然湯があふれて捨てるくらいじゃんじゃん流れている)というロッジで、ロッジから5分ほど、渓流を渡り山笹の斜面を登ると、ひとのいない草原-写真-なんかもあってなんかすごい。
去年の秋にうかがった時には「やまぶどう」を採集し、今回は「たらのめ」と「こしあぶら」を採りに行った。どちらも天ぷらにして食べさせてもらったが、「たらのめ」よりも「こしあぶら」のほうが味が洗練されていてよりおいしい。わけあって厨房やベッドメイクのお手伝いもした。3日間空気のいいところで目いっぱい身体を動かして、おいしいものを腹いっぱい食べて大満足なのであった。ロッジにはウーフの外国人がいてインターナショナルであった。金髪の19歳白人少女はゴハンに味噌汁、納豆、海苔、松前漬け、ぜんまいの炒めもの、といった一切妥協のない超異文化メニューを片っぱしから平らげるのであった。
あしたから3日連続福島県に行ってインターネットはないので、このコーナーはお休み。
今日は物語はお休み。
写真はベランダ。
手前のいちじくの苗木ではてんとう虫の卵が孵化中。
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